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May 30, 2006

Ejovi Nuwere (イジョビ・ヌーワー)氏の原告最終準備書面

平成16年(ワ)第24723号 損害賠償請求事件
原 告 Ejovi Nuwere(イジョヴィ・ヌーワー)
被 告 国

原告準備書面(5)

2006年(平成18年)5月29日

東京地方裁判所民事第37部合A係  御 中

原告訴訟代理人弁護士 清  水   勉


1 はじめに
 本件訴訟提起後、被告は、一貫して、「原告の講演が中止になったことは、総務省の意志によるものではなく、主催者側で決めたものだ。したがって、総務省は原告の講演中止に関係がない」旨主張し続けてきた。
 去る3月14日の法廷での証言でも、本件セミナーの主催者を構成するSIDCの内田哲証人(以下「内田証人」という。)がしどろもどろであったのに対して、本件セミナーの総務省後援名義使用承諾手続に関与し、内田証人らを本件セミナーの直前に総務省に呼び出した、総務省情報通信政策局情報通信政策課情報セキュリティ対策室の高村信証人(以下「高村証人」という。)は、自分の指示が発端となって原告の講演が中止に至り、そのことで国が被告になっている裁判でありながら、内田証人とは対照的に、終始、堂々とした証言態度だった。
 このふたりの証言態度の違いは、本件訴訟が起こるに至った“責任”はSIDCにあるのであって、総務省ではない、という、双方共通の事実認識が土台となっている。その意味では、被告の主張と2人の証人の証言態度には整合性がある。

2 事件の概要
 本件の事実関係を簡単に説明する。
本件セミナーの共同主催者を構成する関係者たちは、原告の講演内容(長野県における侵入実験に関わったセキュリティ専門家の体験談)がふだんの講演とはかなり趣を異にし、参加者の注目を浴びる面白い内容になると考え、原告が発表者になることを承諾し、これを実行するつもりだった。
ところが、本件セミナーの後援名義使用承認後に、総務省は原告の発表内容が長野県における侵入実験に関するものであることを主催者以外からの情報として知り(甲3)、急遽、主催者であるSIDCの関係者を総務省に呼び出し、事前に原告の発表内容を総務省に告げなかったことを非難した。
原告の発表する内容は、どのような内容であるにせよ、コンピュータ専門家として住基ネットの構造や管理運用状況に問題があることを指摘することにならざるを得ない。住基ネットの安全性を強調し続けている総務省にしてみれば、総務省が後援するセミナーでこのような発表をされることは、何としても避けたいことであった。いわば、SIDCに騙されて後援者になったのも同然であるから、後援を取り消すということも当然視野に入って来る。
他方、原告は、総務省とSIDCの間の上記のような事情は知らない。原告にしてみれば、限られた時間の中で、コンピュータセキュリティの専門家として、守秘義務に反しない範囲内で、自分の体験を話すつもりでいた。事前に長野県の意向を確認し、その了解を得ていただけに、発表を中止しなければならない内容は何もないと認識していた。それが、総務省が介入してきたことで、発表ができなくなった。

3 本件セミナーの主催者
(1) 本件セミナーは共催
 ところで、本件セミナーの主催者はパクセック(Pacsec)実行委員会である。同委員会はSIDCとドラゴス(Dragos Ruis)が代表を務めるドラゴステック(dragostech)という会社で構成されている。本件セミナーはSIDCとドラゴステックの共催という実態である。
 共催者である以上、重要な事項については、インターネットのEメールやチャットなどによりリアルタイムで意見交換をし、意見を一致させながら、本件セミナーの準備を進めることになる(甲22-2.9〜10頁参照)。そうすることによって、日本とカナダが地理的に離れ時差があっても、本件セミナーの開催に向けた準備については、認識にタイムラグが生じないようになっていた。
 講演者を誰にするかという問題は、本件セミナーに対する参加者の関心や評価に直結することであり、主催者にとってきわめて重要な事項である。ドラゴスとSIDCが相互に連絡しあいながら、講演者を決めていた(甲22-2.9頁参照)。

(2) SIDCに激怒するドラゴス
 原告は本件セミナーで講演できなくなったことを問題にしているのであるから、その事実経過を説明するとすれば、それは主催者であるパクセック実行委員会であり、SIDCではない。仮に、SIDCが説明するとしても、パクセック実行委員会はドラゴステックとの共催だったのであるから、ドラゴスがどのように行動しどうように発言しているかが具体的に反映されるべきである。
 ところが、原告を講演者と決めたことも、その講演を中止したことも、パクセック実行委員会としてであるはずなのに、内田証人の陳述書(乙7)にも証言にも、共催者であるドラゴスは全くと言ってよいほど登場して来ない。
 総務省の指示に全面的に従うというSIDCについて、原告は法廷で、「彼(ドラゴス)は激怒していました。」と述べている(11頁)。共催と言いながら、原告の講演問題では主催者の中で意見は真っ二つに分かれていた。つまり、パクセック実行委員会の意向としてはまとまっていないのである。
 どうしてこのような事態になったかについては、本件における重要な事実であるので、後に詳しく説明する。

4 SIDCは最初から知っていた
(1) 原告が住基ネットについて講演することをSIDCが知った時期
 内田証人の陳述書(乙7)によれば、総務省が本件セミナーの後援名義使用承認をした当時(2004年(平成16年)10月22日)(乙2)、SIDC側は原告の講演内容を知らされておらず、未定の状態だったという(2頁)。法廷でも、「知りませんでした。」と証言している(内田調書2頁)。
 他方、原告によれば、そもそもの発端は、2004年8月下旬頃、ドラゴスから原告に対して、住基ネットについて話すことについての提案である(甲22-2.9頁)。この時点で、原告が講演するとなれば、長野県での侵入実験に関するものであることは、主催者側の提案で決まっていた。8月24日にEメールで提案書を送ったところ、日本側主催者(SIDC)が原告の講演の提案内容にとても興奮していると、ドラゴスが伝えてきた(同頁)。
 両者の言い分は真っ向から対立する。記憶違いはあり得ない。どちらかの説明が虚偽である。

(2)  内田証言に対する基本的な疑問
 内田証人の証言が正しいとすると、原告はどういう理由で講演者として選ばれたのか。この点の説明が内田証人の陳述書にも証言にもない。また、原告だけが10月22日までに主催者に対して講演の演題さえ知らせてこなかったことについての焦りや怒りも、まったく伺われない。
 原告が内田証人の証言するとおりの講演者であれば、総務省から呼び出される以前に、主催者の責任において無責任な原告を講演者リストから外すべきである。しかし、パクセック実行委員会はそのようなことをしていない。主催者として無責任な態度であると言わざるを得ない。その点についての反省の様子も伺われない。

(3) ドラゴスに事実経過を確認しないことの不思議
 さらに大きな疑問は、本件訴訟提起後のみならず、自身が証人として法廷で証言することが決まった後も、内田証人が、ドラゴスと原告とのやりとりについて、ドラゴスに事実確認をしていないことである(内田調書18頁参照)。
原告は、法廷で証言する以前に陳述書(甲22)を作成し、これを裁判所と被告に交付した。被告は、事実確認のために、SIDCに陳述書のコピーを渡し、その内容を確認させているはずである。内田証人も、当然、この内容をみて、原告の陳述書の内容に虚偽の部分がないかどうかを確認したはずである。
その際、SIDCでは自らが直接関わっていない、ドラゴスと原告とのやりとりの部分については、ドラゴスでなければわからないこともあるはずであるから、ドラゴスに事実関係を確認しているはずである。ましてや、本件訴訟で訴えられているのは、SIDCではなく、国(総務省)である。総務省に本件セミナーの後援を依頼したSIDCにしてみれば、主催者の不手際で国が講演予定者に提訴されるという重大な事態に追い込まれてしまうという、多大な迷惑を総務省にかけてしまったという自覚があるはずであるから、国(総務省)のために最善の努力をすべく、裁判という場面では、事実関係を正確に把握して、原告側の反対尋問で崩されなくて済むようにすることが、総務省に対する最大の奉仕である。
 ところが、内田証人を含むSIDC関係者がドラゴスに事実経過を確認した気配がまったくない。このサボタージュを合理的に説明するとすれば、ドラゴスに事実経過を確認しても、原告と同じ答が返ってくることがわかっているから、内田証人もSIDCの他の関係者もドラゴスに事実を確認しなかったということ以外に考えられない。
原告とドラゴスとのやりとりについては、被告側から何の反証もない。内田証人からも何の反論もない。

(4) SIDCの認識
原告が述べるように、同年8月の終わり頃には、本件セミナーで原告が長野県での侵入実験について話をすることになったことを、SIDC側は十分に承知していた。

5 内田証人が虚偽の説明をする理由
(1) 虚偽説明の理由
では、なぜ、内田証人はこのような虚偽の説明をしたのか。否、しなければならなかったのか。それは、SIDCが総務省の高村証人を騙して本件セミナーに対する総務省の後援名義使用の承諾を得たという経緯があり、高村証人を騙したという事実をなかったこととして揉み消したいからである。

(2) SIDCの総務省対策
 SIDCは、日本で開催するセキュリティ専門家のセミナーで、日本の住基ネットの侵入実験に関連した講演ができることに、興奮し喜んでいた(甲22-2.9頁)。
 しかし、総務省から後援名義を得ようとしていたSIDCは、原告の講演内容がどのようなものであれ、総務省の後援を取り付ける上で障害になることを十分に承知していた。住基ネットの侵入実験に携わったコンピュータ専門家が、住基ネットのセキュリティ上の問題点を話すことは、住基ネットには構造上ないし技術上の問題点はないとする総務省にとっては、受け容れがたい内容なのである。原告が、陳述書(甲22-2)で、「住基ネットに対する最も大きなリスクはハッカーではありません。それは、総務省です。」(15頁)と述べ、法廷でこの点を説明している(原告調書13頁)のは、まさに総務省の頑な姿勢についてである。
 そのような総務省に対して、SIDCが後援名義使用を申請するとき、どうすれば総務省は承諾してくれるか。
原告が長野県で行った侵入実験について講演する予定であることを総務省にはっきり告げて、『総務省後援等の承認取扱要領』(乙5)(以下「本件取扱要領」という。)の第3条(2)ア(総務省の所管行政の推進、施策の普及又は啓発に積極的に寄与するものであること。)の基準に反するものではないことを説明し、説得する。それは正攻法ではあるが、総務省がSIDCの説得を受け入れたかどうかは疑わしい。上記基準に沿わないとして、後援を断わる可能性の方が遥かに高い。
そうであれば、そのようなリスクを犯さないで、総務省に事前に原告の講演内容を知らせなければよい。そうすれば、総務省は特に疑問を抱くこともなく、後援名義使用を承諾する。その上、総務省の担当課はコンピュータセキュリティの専門家ではない(内田調書20頁、高村調書1頁・10頁参照)から、2日間で14万円という高額な参加費(甲1)が必要な本件セミナーを聴講する可能性もない。現に、高村証人も上仮屋も参加していない。
そのように考えたSIDCは、10月12日に提出した後援名義使用承認申請書(乙1)に、原告の紹介文を書かず、原告の講演の演題だけ「近日発表」とごまかして、総務省に本件セミナーの後援名義使用承諾を申請した。
そして、無事、10月22日、総務省が上記後援名義使用を承認した(乙2)。
SIDCの思惑どおりの展開である。

(3) 総務省への報告の消極性
 内田証人が説明するように、SIDCは10月22日までに、原告の講演の表題とスライド(甲7)を入手できていなかったということであったとしても、それなら、入手できた時点で、総務省からの電話を待つまでもなく、自ら後援者である総務省に原告の講演内容を知らせるべきである。ましてや、住基ネットは総務省の所管事業なのであるから、尚更である。
 しかし、SIDCはそれを承知の上であえてしなかった。総務省から呼び出されるまで、何も報告しなかった。ここにも、総務省に原告の講演内容を知らせたくないという、SIDCの意志が強く働いていることが読み取れる。
他方、原告は、訴状で、「2004年(平成16年)10月上旬、本件国際セミナーの発表のときに使う予定のスライドの英語版(甲7)を本件国際セミナーの主催者を経由して総務省にeメールで送った。」(3頁)と主張した(「10月上旬」は「10月4日」である(甲22-2.10頁))ように、総務省に講演内容が知られることに何の問題もないと理解していた。

6 予想外の展開
 ところが、SIDCにとって予想外の事態が発生した。
 原告が報道機関向けに作成し、11月5日に配付したプレスリリース(甲3)を、本件セミナー開催の直前の同月8日、総務省がSIDCとは別のルートから入手したのである(高村調書3〜4頁)。
 高村証人は、SIDCに騙されたことにすぐに気づいたはずである。発表内容の確認程度のことであれば、Eメールや電話でも済むはずである。それを、直ちに里吉や内田証人を呼び出したというのは、彼らに対する強い怒りの現れである。
総務省にしてみれば、騙されて承諾させられた後援名義の使用を取り消すのが最も直截的であるが、それではあまりにも露骨過ぎる。総務省が経過を説明したとしても、参加者から不評を買うことは避けられない。総務省が標的となって報道される危険もあった。
このような状況下にあって、SIDCに騙された総務省が採れる対応策は、総務省を騙したSIDCの責任で原告の講演を止めさせるという、責任の取らせ方しかない。
 SIDCの総務省対策は、皮肉にも、総務省に自分の講演内容を隠していることを知らない、隠す必要があるとは思っていない原告のプレスリリースで露見してしまったのである。

7 SIDCの決断
総務省を騙していたことが総務省にわかってしまったSIDCに残された選択肢は、原告の講演を中止することしかない。
実行すれば本件セミナー参加者には喜んでもらえるが、総務省が後援名義使用承諾を取り消していた可能性が大きい(高村調書19〜20頁)という、そのときだけのことではなく、SIDCとって重要な取引先としての総務省(内田調書10〜11頁)を失うことになりかねず、SIDCにとっての被害があまりにも大きかった。また、事実経過が社会的に明るみに出ることは、SIDCにとっても総務省にとっても好ましいことではない。SIDCの経営にとって大きな打撃になることは避けられない。
総務省を騙していたSIDCとしては、総務省の怒りを静めて取引を続けられるようにすることが、最優先課題となる。高村証人から電話があった時点で、本件セミナーにおける原告の講演の中止は確定的になった。

8 矢面に立つ主催者はSIDCだけ
 総務省に呼び出されたSIDCの里吉と内田証人は、高村証人に、「自分たちが本件セミナーのホストであり、後援者にはホストの指示に従ってもらう」と回答したとのことである(乙7.5頁)。また、内田証人は、陳述書で、「私は、原告がどのような内容の講演を行うかということは、専ら主催者と原告が協議して決めるべきことであると考えていましたので、総務省に対して特に連絡することはしませんでした。」(同8頁)、「原告がどのような内容の講演をするかということは、専ら主催者と原告が協議して決めるべきことであると考えた」(11頁)、「私たちは、この問題は主催者として判断すべきものであると考えていました」(13頁)などと主催者としての判断が重要であったことを強調している。
 しかし、主催者の判断で行った対応だというのは虚偽である。
すでに説明したように、本件セミナーの主催者はパクセック実行委員会で、パクセック実行委員会を構成するのは、SIDCとドラゴステックである。ドラゴステックの代表者であるドラゴスの意見がSIDCの意見と同等に反映されなければならないはずである。しかるに、ドラゴスは里吉、内田証人と一緒に総務省に行っていないし、総務省から戻ってきた里吉らと合意の上で、原告の講演対策を決めた様子もない(内田調書19〜20頁)。
 これは主催者としての対応ではない。SIDCと総務省との関わりの中で、SIDCが総務省のために対応しなければならなくなった問題だということでしかない。
総務省対策はドラゴスが知らないところでSIDCが独自の判断で行っていたことであるから、その経過をドラゴスに説明するわけに行かない。SIDCの態度はドラゴスに対しても原告に対してもしどろもどろになる。原告の講演の実現に極めて消極的なSIDCにドラゴスが激怒する(原告調書10〜11頁)のは当然であった。
原告の講演を巡るSIDCの対応は主催者としてではなく、SIDCとしてであることは、明らかである。
内田証人はそのことを十分に承知している。それを、本件訴訟において、「主催者として」という言い回しを多用するのは、裁判所の判断を誤らせるためである。

9 総務省とSIDCの対応の遅さ
(1) まともなクレーム
 本件セミナーに後援名義使用を承諾している総務省として、SIDCの対応に対する不愉快さは別として、講演者個人にはなんらの非もないのであるから、講演者に対してはなるべく迷惑のかからないようにするという配慮があってしかるべきである。
総務省に原告が講演することを認めるつもりがあったのであれば、8日、SIDCに電話をした時点で、SIDCに直ちに原告の講演内容をEメールで送るよう指示して、その内容を直ちに検討し、問題点や疑問点があれば、それを明確にして、直ちに伝えるべきであった。
他方、SIDCは自分で説明できるところは自分で説明し、できない部分は直ちに原告に確認して、修正すべき必要がある点を修正し、それを総務省に伝えればよい。
そのようにすれば、仮に、原告の講演スライドや講演内容に住基ネットのセキュリティ上公表することは差し支える内容があったとしても、それを短時間のうちに除去することができたはずである。

(2) 総務省の対応の緩慢さ
ところが、総務省がとった対応は、講演者に対する配慮など微塵もない、緩慢なものだった。
高村証人は、8日にSIDCに電話し、翌日(9日)に里吉と内田証人に総務省に来させている。そのときに、原告作成のスライド(乙3)を持参させている(乙6.2〜3頁)。この時点では、原告は自分のスライドが問題になっていることを知らないから、どこにどのような問題があるかということさえ検討のしようがない。ここで1日の時間が無駄になっている。
講演予定日の前日になっても総務省との折り合いがつかない(現実には、折り合いがつくはずなどないのだが)状態で、講演ができるかどうか不安になっている原告が、直接、高村証人と話し合おうとEメールを送ったことに対する高村証人の反応は、SIDCの関係者が原告に高村証人らのEメールアドレスを教えたことを、「勝手に教えたんならひどいね」「何でこれ、原告からいきなり来たの」という話を上仮屋としていた(高村調書21〜22頁)センスは、原告の講演がどうなろうが知ったことではないという、官僚の冷酷さそのものである。

(3) SIDCの不誠実な対応
本件セミナーの主催者のひとりであるSIDCの対応も緩慢だった。主催者の責任は、講演予定者の全講演が無事行われるようにすることである。SIDCとしては8日のうちにすぐにドラゴスと協議し、原告の講演が実現できるよう、総務省対策と原告対策を決めるべきであった。
ところが、SIDCはこのような協議をしていない。パクセック実行委員会としての意思決定をしていない。
原告に事態を知らせていれば、原告は直ちに講演実現のために必要な対応したはずである。講演をするために来日した原告の立場からすれば当然のことである。そのことをわかり切っているはずのSIDCが、8日のうちに原告に状況を知らせなかった。これは原告に対して不誠実であるだけでなく、本件セミナー参加者全員に対する不誠実である。およそ、世界的なセミナーを開催する責任者のとる態度ではない。
国際会議の主催者らしからぬSIDCの無責任に見える態度は、総務省から電話がかかってきた時点で、原告の講演の実現を断念したと理解すれば、合理的に説明がつく。

10 いい加減なクレーム内容
原告の講演スライド(乙3)に関する総務省のクレームは4点ある(乙6.4〜5頁)が、住基ネットのセキュリティ上特に問題になるようなものは1つもない。
総務省は、第一に、講演スライド8枚目の写真を問題にする。高村証人は、「この写真に写っている窓から無線がつながると誤解され、不正な侵入行為を誘発しかねない。」(4頁)と指摘するが、これは、マスコミ記者がうるさくて侵入実験できる環境になかったことから、隣接する建物からハイパワーアンテナを使って作業をしたという苦労話をしようとしたもので(原告調書22〜23頁)、この自治体が住基ネットに無線LANを使用していたわけではない。無線LANのつもりで不正侵入しようとしてもできないから、不正な侵入行為を誘発することにはならない。当該自治体が「誤解され」「立腹している」などは論外である。
第二に、講演スライド11枚目の図を問題にする。高村証人は、「このネットワーク図には、住基ネットではない部分が含まれているにもかかわらず、図全体に住基ネットという表題が付されており、誤解を招きかねない。」(乙6.4頁)と指摘するが、どの範囲を住基ネットと言うかなどということは、住基ネットで扱う本人確認情報の保護というセキュリティの問題からすれば、従来から市町村が管理している既存住基サーバに保管されている本人確認情報の保護も同等に考えなければならないことであって、政府(総務省)がそこを「住基ネット」と呼ぶかどうかはどうでもよいことである。こういうところにこだわるところに、総務省のセキュリティに関する意識レベルの低さが表れている。このようなことは、住基ネットのセキュリティには何ら関係がない。「侵入できていないのに、侵入できたという誤解を招きかねない。」(同頁)もセキュリティには関係がない。
第三に、講演スライド12枚目の写真を問題にする。高村証人は、「この画面を表示できることをもって、住基ネットアプリケーションを操作することができたと誤解されかねない。」と指摘するが、それなら、誤解されないよう説明してほしいと、指摘するだけでよい。「実験対象となった村名が表示されてしまっている。」という指摘があるが、本件セミナー当時、侵入実験に参加した自治体は報道等で広く知られており、社会的には秘密になっていない。仮にそれでも問題があるということであれば、村名を消せば済むことである。
第四に、講演スライド13枚目の文字、「メソドロジー」「システムの脆弱性監査」が問題だとする。これは単なる表題だけで、原告が何を話すかは不明である。総務省が不正侵入の誘発を心配するのであれば、説明内容に注意するよう指摘すれば足りる。
原告の講演を中止しなければならないような講演スライドは1枚もない。

11 呆れるSIDCの反応
 高村証人のいい加減な内容のクレームに対して、コンピュータセキュリティを主な業務としているはずのSIDCの里吉と内田証人はどう対応したか。
 里吉らが本来の専門家として対応するならば、高村証人の指摘についていずれも心配いらないことを説明できたはずである。
 ところが、実際はそうではなかった。高村証人の「指摘はいずれももっともと思われるので、至急、原告と打合せをして、内容を適切なものに修正させる」と、共催者のドラゴスに一言の相談もしないで、約束してしまった(乙6.5頁)。
里吉らSIDCは総務省に対して明らかに無抵抗状態に陥っている。これでは、原告がいくら真摯に問題を解決して講演を実現しようとしてもできるはずがない。

12 本件取扱要領との関係
(1) 内規と憲法上の権利の関係
 本件取扱要領(乙5)は、総務省内部の事務処理上の内規である。これに即して日常業務が行われること自体は、特に問題ではないが、この要綱の運用によって一般の人々の表現の自由(憲法21条)をおかすことは憲法上許されない。

(2) 本件取扱要領の規定
本件取扱要領第3条では承認基準を定めている。
 「総務省の信用を失墜させることのないよう十分配慮するものとする。」という規定は、この承認基準を運用する者に対する指示であり、組織外の者に向けられた規範ではない。
 第2号では、行事等の内容について規定し、「ア 総務省の所管行政の推進、施策の普及又は啓発に積極的に寄与するものであること。」と規定している。「後援」名義が公になる以上、このような抽象的な基準は、恣意的な運用がなされないかぎり、一応、合理的だといえる。
 第4条第4項では承認後の監督指導について規定している。承認後に承認基準に反していることが明らかになったり、承認後に承認基準に反するようになったりすることがないわけではないから、このような監督指導制度は、表現の自由を侵害しない限度において、合理的なものといえる。
 第1号の「主催者等又は関係者が前条第2号の趣旨に反する行為を行わないよう常に注意すること。」は、監督指導として当然である。
 第2号の「主催者等又は関係者が第1号の行為を行っている場合、又はその疑いがある場合には、主催者等に対しその行為の中止を文書により勧告する。」は、第一に、「第1号の行為(=前条第2号の趣旨に反する行為)」が明確に示されていること、第二に、「文書により」勧告することを要件としており、手続き的明確性を要求している点で合理的である。このような手続き的担保があることによって、行政の恣意を抑制し、主催者や関係者などは、総務省が何を問題にしているかを明確に把握することができることによって、主催者や関係者などとして協議検討がしやすくなり、総務省に説明すべき内容を早期に確定しやすい。総務省が書面で指摘する内容が適切なものであれば、これに速やかに応じるという対応もできる。
 第5条は、「主催者等が前項第2号の勧告に従わない場合」について、承認取り消しの通知を出すこと、必要な措置を講じることを規定している。

(3) 総務省による本件取扱要領違反
 ところで、本件では、高村証人と上仮屋は、里吉と内田証人を呼び出し、口頭で指導しただけで、本件取扱要領第4条第2号の「文書」による勧告を行っていない。11月9日の指摘が本件取扱要領第4条第2号の規定に基づくものであるならば、高村証人と上仮屋の指導は同規定に反し無効である。
 なぜなら、同号の規定は、主催者や関係者などが準備を進めている企画の内容に重大な影響を与える可能性があることを考慮して、手続き的明確性を図る意味から、文書による勧告を義務づけたという、重要な手続規定だからである。
現に、高村証人と上仮屋がこの手続を守らなかったために、原告には、自分の講演スライドの何が問題なのかが明確にわからなかった。総務省に弱みを握られているSIDCを相手にいくら説明しても、SIDCの態度は曖昧に終始する。高村証人と上仮屋が書面で勧告しなかったことと併せて、原告には何をどのようにすれば自分の講演が実現できるのかわからない状況に陥った。
総務省が文書による勧告を行っていない以上、パクセック実行委員会として、「主催者等が前項第2号の勧告に従わない場合」には該当しないから、本件セミナーの後援名義使用の承認取消ということはあり得ない。総務省自ら本件取扱要領の規定に違反して不鮮明な対応をしたことの結果として当然である。

13 高村証人と上仮屋の無責任な態度
高村証人と上仮屋によるSIDCに対する指示は、本件取扱要領の規定によるものではなく、彼らの恣意である。
さらに、高村証人は、原告作成の講演スライド(乙3)の文字だけをみて、「そこに書かれている言葉を考えて、そこで何を話すんだろうということを考えたときに、問題が発生するような発言があり得ると考えた」(高村調書13頁)と証言する。原告代理人の「質問に次のように答えた(高村調書14頁)。
【問】修正させる。何を修正させるのですか。
【答】問題がないように修正させるということです。
【問】修正というのはタイトル、でも、あなたが問題にされたのはタイトルではなくて、しゃべる中身のことが懸念されるということですよね。
【答】そうです、はい。
「どこまで話すか分からないのが心配だね」(15頁)、「話す内容によっては問題が生じるね」(同頁)なども同趣旨の証言である。
「しゃべる中身のことが懸念される」「どこまで話すか分からない」「話す内容によっては問題が生じる」という言い方をされると、「しゃべる中身」は聞いてみなければわからないのだから、懸念する事項を事前に主催者や関係者に伝えて、講演者がその点を配慮して講演できるようにしないと、「何をしゃべるかわからないから、しゃべるな」と言っているのと同じになってしまう。高村証人と上仮屋がとった対応はまさにこれである。
上仮屋の言動は記録上、明確にはほとんど出てこないが、住基ネット関連事務を扱う部署を担当するものとして、日常的に行っている都道府県との連絡を本件についても行い、長野県に対して、原告の講演について長野県が了承しているかどうかを確認するくらいのことをしてもよいはずだ。上仮屋はそれさえしていない。
要するに、高村証人も上仮屋も、後援者として懸念する点を文書で明確に示すことによって、パクセック実行委員会や原告が迅速に問題を解決して原告の講演が実現できるようにという配慮は一切ない。総務省でつくった本件取扱要領の規定さえ無視して主催者を自己の言いなりにさせ、原告の講演を妨害する。まさに官僚(人)の恣意である。

14 表現の自由への侵害
 表面的にみれば、SIDCが総務省の後援を取り付けるために、原告の講演内容を事前に総務省に説明しなかったことは適切ではなかった、と言えなくはない。
しかし、問題の根本は、総務省のネットワークセキュリティ問題に関する意識レベルが極めて低いことにある。総務省の問題意識レベルが高ければ、SIDCは総務省に原告の講演内容を隠すことなく、後援名義使用承諾申請手続をし、総務省はこれを承諾していたはずである。
セキュリティ専門家同士の間では、公開の場で話しても依頼者や関係者に迷惑をかけることはないという前提のもとに議論しようとしていることを、セキュリティに精通していない官僚たちが、自らの仕事を批判されることをおそれるあまり、自由な言論を規制してしまうというのは、あまりにも馬鹿げた時代錯誤的な対応である。
総務省がネットワークセキュリティに強い関心を持っているのであれば、セキュリティ専門家の自由な討論を極力認め、積極的に評価すべきであり、そうすることによってこそ、ネットワークセキュリティのレベルはより高まるのである。欧米で頻繁に行なわれているセキュリティ専門家の国際会議が日本にも定着するようにすることは、国策としても重要であるはずである。国策として行なわれている住基ネットを俎上に挙げ、セキュリティ専門家に議論してもらうことは、住基ネットのセキュリティを高める上でこれほど有益なことはない。
原告は法廷で、総務省に欠けている点として、「システムを改善しようとする場合には、問題が存在すること自体をまず認めなければなりません。」(原告調書13頁)と指摘している。総務省のネットワークセキュリティ問題に関する意識レベルが高く、本件取扱要領の運用において、住基ネットに関する原告の講演も、第3条第2号アの規定に合致するという判断をするであろうことが、総務省の日常の対応から容易に推測できるようになっていれば、SIDCは今回のような姑息な手法を取らなくてよかったのである。
 高村証人及び上仮屋は、原告の講演スライドに難癖をつけ、SIDCに後援取消の可能性を示唆して威圧し、原告の講演の実現という表現の自由を妨害したものであり、明らかに不法行為を構成するものである。
以上

Posted by Gohsuke Takama on May 30, 2006 at 01:11 AM | Permalink | Comments (0) | TrackBack